「お盆には故人やご先祖様が帰ってきてくれる」
私たちはそう教えられて育ってきました。
しかし輪廻転生の考えを取り入れようとするとどうでしょう?
「ご先祖様って生まれ変わってないの?」
「生まれ変わっているとするなら、お盆に会いに来ることが出来ないよね?」
こんな矛盾が生まれてしまいます。
本記事では、お盆の先祖供養と輪廻転生の矛盾について、私なりの見解をまとめてみました。
ぜひ最後までご覧ください。
お盆と輪廻転生の考えは矛盾している?
仏教は輪廻転生を唱えている
仏教の基本的な思想として、人間は死後「六道(りくどう)」という6つの世界を行き来するというものがあります。
生と死を繰り返して六道で魂を磨き、最終的には極楽を目指すという教えです。
この考え方に基づくと、仏教は輪廻転生を唱えていることがわかります。
それではなぜ、お盆に法要やお墓参りをして、先祖供養する文化があるのでしょうか?
お盆の先祖供養の文化は仏教ではない!?
お盆は、故人やご先祖様が年に一度、あの世から帰ってきてくれる期間のことを言います。
お盆は私たちにとって先祖供養をする大切な期間です。
お盆の文化は一見「仏教」から来ているものと考える方が多いかもしれません。
実は日本発祥の「神道」でも同様の風習があります。
日本人にとって神道の文化は、強く根付いています。
中国から仏教が伝わったあと、私たち日本人の手によって先祖供養の要素が加わったという説があるのです。
お盆の先祖供養の文化が「いつから始まったのか」「どのように伝わったのか」は、たくさんの意見があります。
しかし中国から日本に伝わったころの仏教には、先祖供養の要素はなかったと考えるのが自然なのではないでしょうか。
お盆と輪廻転生が混ざったのは、日本人独特の思想が影響!?
私たち日本人は様々な文化や考え方を、自然に取り入れることができる特徴があります。
「仏教徒の家庭に育ったけど、お正月には神社へ行く」
「クリスマスにはケーキやチキンを食べるし、ハロウィンパーティーもする」
実はこの考えは海外から見るとかなり異質で、日本人独特なものだそうです。
柔軟な日本人の考え方は、「先祖供養」と「輪廻転生」どちらも信じるという矛盾が生まれた要因のひとつかもしれません。
「お盆の先祖供養」を信じるメリット
ご先祖様が毎年お盆に会いに来てくれると思うと、亡くなった家族や友人に会える気がして心が温かくなりますね。
いつも空から見守ってくれているという安心感も生まれます。
「心強い!」「身が引き締まる!」という方もいるでしょう。
「先祖供養」=「ご先祖様や亡くなった大切な人たちの魂は永遠に存在する」ということ。
この世を生きる私たちにとって、大切な人を亡くした悲しみは計り知れないものです。
「いつかまた会える」と思えることは大きな救いになります。
そのような背景も、先祖供養が信じられている理由かもしれませんね。
輪廻転生を信じるメリット
輪廻転生とセットでよく聞く言葉で、「因果応報」があります。
今世での行いが、来世に影響するというものですね。
争いが絶えなかった過去の時代背景を考えると、輪廻転生の考えは、ある意味必要不可欠だったのかもしれません。
「少しでも良い行いをして、来世につなげよう」と考える人が少なからず出てくるからです。
人々が大きく道から外れないよう、少しでも明るい未来になるよう、過去の聖人たちは輪廻転生を唱えたのではないでしょうか。
お盆の輪廻転生の考えは矛盾していない?【まとめ】
矛盾していても良い。大切なのは気持ちとあり方です。
お盆の先祖供養と輪廻転生の考えは、化学では証明できないものです。
二つの主張は矛盾してしまいますが、どちらも素敵な考えですね。
私はご先祖様が輪廻転生していたとしても、祖様供養することが不要なこととは思いません。
ご先祖様が繋いでくれた命のバトンがどこかで途切れていたら、私たちは生まれていないからです。
ご先祖様と今生きている身のまわりの人たちを区別する必要はありません。
すべての人や物事に感謝する姿勢は、私たちの心を豊かにしてくれることでしょう。